小山義政関連エントリー

市民能「小山安犬」来年2月に5年ぶり再演

... 「小山安犬」は、室町時代に小山義政とその子若犬丸が鎌倉公方足利氏満に対して起こした「小山氏の乱」の悲劇を題材にした謡曲「安犬」を、市にゆかりのある観世流能楽師、中森貫太さんが約六百年ぶりに復曲させた市民能。 ...

市民能「小山安犬」来年2月に5年ぶり再演

[趣味雑談]後夜祭

... 忠秀 卷百七十七 列傳百四 宇都宮 公綱 宇都宮 泰藤 赤松 氏範 石塔義房 細川 清氏 北條時行 桃井直常 飽浦信胤 楠正儀 小山 義政 卷百七十八 列傳百五 藤原 宣房 藤原 為明 藤原 良基 藤原 公資 藤原 資名 藤原 資明 藤原 經顯 將軍: 卷百七十九 列傳 ...

[趣味雑談]後夜祭

明月院(4)

... 武将としての器量に優れていて、鎌倉公方の氏満を補佐し小山義政の反乱とその子の小山若犬丸の反乱鎮圧に功を挙げ、その功績により上野や武蔵、伊豆、安房、下野の守護職を与えられました。1392年4月、老齢と病身を理由に管領職から引退。 ...

明月院(4)

鷲宮神社(鷲宮町)

... 主な武将を挙げると、藤原秀郷・源義家・源頼朝・源義経・北条時頼・北条貞時・新田義貞・小山義政・足利氏歴代・古河公方・関東管領上杉氏歴代・武田信玄・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康などなど... 神社らしい境内に歴史を感じる ...

鷲宮神社(鷲宮町)

加須市大越の「館山」には何が残る? ―羽生支城―

... 当所にある徳性寺は小山判官朝政の祈願所で、後小山義政の再興であるといい、 天正11年(1583)小山小四郎小田原勢に打負けて落ち来り、 当所に暫く居住したという(新編武蔵風土記稿)。 ...

加須市大越の「館山」には何が残る? ―羽生支城―

小山義政とは?

小山義政(おやまよしまさ、? - 弘和2年/永徳2年4月11日 (旧暦) 4月11日(1382年5月24日))は、中世・関東の武家、今も栃木県の市名として残る、小山(おやま)城(小山市城山町)に居した、小山氏第11代領主である。小山氏政の子。小山隆政(若犬丸)の父。彼の先代および先々代は、足利尊氏に加勢して、室町幕府の建設に寄与した。彼の生きた時代は、未だ近畿地方では南朝が残って室町幕府と争う、南北朝時代 (日本) 南北朝時代であった。
彼は、豪族としての小山氏の全盛期を築き上げ、それに伴い近隣の豪族・宇都宮氏との間で覇権争いが生じた。激しい争いの末、宇都宮基綱を敗死させてこれを打ち負かしたものの、勢力拡大を懸念する室町時代の鎌倉公方、足利氏満から反感を買い、宇都宮に侵攻後まもなく攻められた。彼は一旦は鎌倉公方に降伏し、家督を子の若犬丸に譲り隠居した。が1381年体勢を立て直して再び兵を揚げ、今度は関東公方に対し反乱を起こした。そして結局は足利氏満の呼びかけで集まった、関東・南東北地方の各地の武家連合軍の、総反撃を受けて撃破された。最期は、栃木県上都賀郡粟野町粕尾の、赤石が原の自城で自害したとされる。

小山義政の詳細